〜主張E観光地にとって、新幹線は必要か〜

 今、佐賀県武雄市や同嬉野市は、建設が予定されている長崎新幹線の建設推進を訴えている。「交通網の整備で、観光客がたくさん来る」。彼らの持論は、これである。両都市とも、九州屈指の温泉地であり、泉質の良さも有名だ。だが、その考えだけで、果たして人は来るのだろうか―――――――。

―知恵と雰囲気作りで大成功・黒川温泉―

 熊本県にある黒川温泉をご存知だろうか。

 時刻表をめくっても、さくいん地図の駅名にその名は無い。よく探してみると、バス路線に名前が小さく載っているだけである。実際の場所も、とても鉄道を敷くことが難しそうな山間部にあり、交通網では明らかに不便な場所にある。だが、この黒川温泉。何と年間136万人(2001年/平成13年)もの人々が訪れているのだ!もともと、黒川温泉は、“閑古鳥の鳴く”温泉地だった。それが旅行雑誌「じゃらん九州発」の人気観光地調査で、1998年(平成10年)から5年連続1位になったのである。黒川温泉を変えたのは、一体何だったのだろうか。

 1980年代(昭和55年〜)、閑散としていた温泉を復活させたのは、「観光客は癒しとくつろぎを求めている」ということを知る黒川のある温泉経営者だった。「雰囲気を変える」「また来たいと思わせる」ということを念頭に、温泉街全体で樹木の配置や風景に合わない人工的な看板の撤去などの雰囲気作りに努め、女性向けの工夫も行った。結果として、今の黒川温泉があるのだ。「入湯手形」を新設するなど、観光客が温泉に入りやすいサービス改善を今なお進めている。

 

―町ぐるみの活動が、今日の繁栄に結びついた・由布院温泉―

 鉄道や高速道路こそ通っているものの、こちらも黒川温泉同様に利便性が良いとは言えない。大都会・福岡市までは、特急「ゆふいんの森」でも2時間以上かかり、その上本数が少ない。しかし、由布院温泉は、年間400万人を超える人々が全国から押し寄せている。列車ダイヤが、宿泊客向けに組まれている特急列車もあるほどである。

 由布院温泉も、かつてはひなびた温泉で、大型ホテルや歓楽街は整備されていなかった。だが、昭和40年代からは映画祭や音楽祭を町ぐるみで開き、観光馬車「辻馬車」の運行開始など、豊かな自然を売り物にした名物づくりにも努めた。バブルの大型開発には耳を貸さず、あくまで「適正な規模」と「景観の保護」という信念を貫いた。現在でも開発規制によって、豊かな自然と景観が保たれており、歓楽街がないため、女性にも人気の高い温泉地となっている。「由布院温泉観光協会」によると、今後も「適正な規模」と「景観の保護」による街づくりに変わりはなく、今まで通りの取り組みを行ってゆくという。

左:建物の高さがせいぜい3階程度なので、シンボルの由布岳がよく見える。観光協会による「自主規制」で、商店の看板も小さめだ。由布院駅前にて。
右:由布盆地を走る観光特急「ゆふいんの森」。非電化ローカル線には珍しく、区間便を合わせて1日5往復もの特急列車が走る。
下:由布院駅前を走る辻馬車。湯布院名物の一つである。

―ところで、武雄市や嬉野市はどうなの?―

 武雄市や嬉野市は、黒川や由布院に比べると、福岡市にかなり近く、片側2車線の立派な高速道路が通っている。武雄市の場合は、佐世保線の特急「みどり」「ハウステンボス」が1時間に上下1本ずつ武雄温泉駅に停車しており、利便性は非常に高い。

 ところが、実際の観光客は、武雄市で年間115万人、嬉野市で年間100万人程度となっており、どちらも黒川や由布院のそれを下回っている。大都市からの所要時間が短く、利便性もはるかに高い武雄や嬉野が、どうして観光客数の面で負けているのか。私個人の意見としては、雰囲気作りがまだまだであると思う。町並みの統一がなされていないし、違法なものを含めて風景に似合わない派手な看板が目立つ。逆に言えば、観光地としての雰囲気作りと大都市からの近さ、それに高い利便性を活かしてリピーター(繰り返し訪れる客)の増加に結び付けることは充分に可能である。それは、黒川や由布院の例で立証されている。

 この写真は、2009年(平成21年)3月に、武雄温泉駅前の幹線道路を撮影したものである。武雄温泉駅から温泉街まで最短距離で行くには、この道路を通る必要がある。しかし、歩道は未整備で、路側帯が狭い。路上駐車もあり、写っている自転車の方は、道路中央まではみ出て通行せねばならない。さらに、交通量も決して少なくない。また、電線はクモの巣のように張り、街並みはいたって平凡である。これでは、観光客が武雄温泉のリピーターになろうとは思わないだろう。道路は完全歩行者天国にし、電線は地中化するなどの抜本的な街の改革を行わねば、新幹線ができたところで観光客にがっかりされるだけだ。

 新幹線開業で「通過県(都市)になる」ということも見過ごせない。2007年(平成19年)2月11日に放送された「21世紀の佐賀をあなたがプロデュース 九州新幹線西九州ルート」(STSサガテレビ)では、2002年(平成14年)12月の東北新幹線八戸延伸開業で、それまでの終着駅だった岩手県は通過県になったということが報じられ、開業前と開業後で同県を訪れた観光客数を比較したところ、意外にもマイナス2%となったそうである。無論、新幹線開業に合わせて、岩手県でも様々な取り組みが展開されたが、それも空しく観光客減になったのである。逆に新たに終着駅となった青森県は、観光客数がプラス9%になった。長崎新幹線に当てはめると、長崎県は良くても、佐賀県はダメ、という状況なのだ。時間短縮効果の少ない長崎新幹線では、長崎県でさえ青森県同様の効果が出るとは限らない。列車本数の増加も予定されており、逆にストロー効果で福岡県に人が吸収される恐れもある。

―武雄・嬉野は、先駆者に学ぶべし―

 武雄や嬉野は、泉質の良い温泉を持っている。それだけに、莫大な投資をせずとも、知恵を絞って町ぐるみで取り組めば、大成功を収める可能性は高い。ひなびた温泉地を“少ない投資で”超人気温泉地に変えた黒川や由布院を見習って、現状での観光振興を図るべきではないだろうか。

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<参考資料>

黒川温泉関連:「国土交通省総合政策局観光部門:観光カリスマ」
(http://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/kanko/mr_goto.html)

由布院温泉関連:「フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』・由布院温泉」
(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B1%E5%B8%83%E9%99%A2%E6%B8%A9%E6%B3%89)
また、「由布院温泉観光協会」に直接取材した情報を含みます。この場を借りてお礼申し上げます。

「西日本新聞 トップランナーの試練 由布院・黒川は今<5>官と民 取り戻せるか相互連携―連載」(http://www.nishinippon.co.jp/news/2005/kankou/yufuin/05.html)

武雄温泉関連:「佐賀新聞 選挙さが2006 武雄市(市長選・市議選)」
(http://www.saga-s.co.jp/view.php?pageId=1167&mode=0&classId=0&blockId=8648&newsMode=article)

嬉野温泉関連:「フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』・嬉野市」
(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AC%89%E9%87%8E%E5%B8%82)

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