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久大本線で行く、大分県有名(?)撮影地をめぐる旅@

管理人の先輩である豊之國男様(JourneyExpress web site管理人)に誘われて実行した旅行で、訪問した撮影地も全て豊之國男様の案内によるものです。

 「そろそろヤバイよね。」「早く撮影しておかないと。」と、九州の鉄道ファンを焦らせている電車がいる。大分・宮崎・鹿児島で活躍している急行形の457・475系である。もっとも、JR九州からの公式発表が行われていないため、絶対に完全引退とは言えないが、車齢や南九州地区にも新型電車が投入されているため、もはや時間の問題と見ることができよう。

 当然、古い車両に興味がある私も、早いうちに撮りに行かなければ・・・と思っていた。去年の夏に霧島神宮―南宮崎間で国鉄色に乗って、撮影もしてはいるものの、直前になるとやはり「もう一枚撮りたい」という心理が働いたらしく、気づけば時刻表をめくっていたのだった。ちょうどその頃、管理人の中学校の先輩である豊之國男様(JourneyExpress web site管理人)から、大分方面への旅行のお誘いを受けた。大分と言えば、九州における457・475系分布最北端である。豊之國男様自身も目的は同じらしく、あっという間に日程が決まった。

 

2007年(平成19年)2月3日(土)

   この日は、「土曜講座」が午前中に学校で行われた。「講座と言うことは、大学の先生あたりを呼んで模擬授業でもするのか!」と思った方。残念ながらはずれ。「土曜講座」と見せかけて、実は補習なのである。その上、普段と変わらない授業。当然ながら予習もある。なぜ、学校がここまで授業をしたがるのか、と言うと、今年の夏に佐賀県で高校総体が行われる関係で、夏休みに補習ができないらしく、今のうちに進めておこうという考えらしい。まったく、佐賀で高校総体を開催するとは、トンデモナイことをしてくれたものである。新聞では、毎日開会式の日までの日数がカウントされ、「熱い戦いを期待している」などと大人たちを中心にコメントしているが、私の周りの友人たちは、結局そのしわ寄せが土曜日や長期休暇中に及んでいるため、かなり冷めた目で見ている。実感も湧かず、何だか、高校生が主体と言いながら、大人だけが進めているような気がするのも事実だ。(ただ、このサイトの存在が、先日担任の先生にばれ、授業のネタにされてしまったので、ここまで!)

 話を戻して2月3日。正午過ぎに学校が終わり、図書室には寄らずに直行で自宅に帰った。昼食をとり、旅行バッグに必要なものを入れ、13:55に自宅を出発し、バス停に向かった。今回は、荷物が多いために駅まではバスで行くことにしている。佐賀駅バスセンター行きの市営バスは、約2分遅れで到着し、佐賀駅にもやはり2分ほど遅れて到着した。

 バスセンターのコンビニで少し買い物をした後、「みどりの窓口」に行って、佐賀―臼杵間の往復乗車券と、佐賀⇒鳥栖間の自由席特急券と明日に乗る予定の由布院⇒鳥栖間の「ゆふいんの森号」の指定席特急券をナイスゴーイングカードで購入した。だから、全て4割引である。臼杵駅まで買ったのは、「JR九州20周年スタンプラリー」のスタンプ設置駅が同駅だからである。今回は、このほかに由布院駅と特急「ゆふいんの森」、可能であれば特急「九州横断特急」のスタンプを押そうと思っている。

 14:45発の885系特急「白いかもめ」に乗る。昼間の時間帯にも関わらず、佐賀駅からは多くの人が乗った。この日はどんより曇っていたが、雨が降りそうなくらいではなかった。

   鳥栖駅には14:59に到着した。しかし、次の快速には1分の接続で、急いではみたものの、間に合わなかった。次の普通列車に乗ると、後の接続ができないし・・・。やむを得ず、次の特急に乗ることにしたが、全車指定席の「ゆふいんの森」。次の特急では間に合わないし・・・と、指定席を持っていないのに、特急「ゆふいんの森」に乗った。鳥栖―久留米間の指定席特急料金600円を後で払わされることになりそうだが、仕方ない。久留米には、約7分で到着した。清算しようと改札口に向かったが、駅員とおじいさんがもめていて、5分程度では終わりそうになかったので、諦めてホームに戻った。

 そもそも、1分という接続が良くない。接続と呼べるのかどうかも分からないが、あと1分ずらせば、乗り換えが間に合ったのである。便利そうに見えて、意外とこのあたりに特急中心ダイヤの不便さがある。

 次の久大本線日田行きは、キハ125形単行。車内は既に多くの通学客で満席だったため、運転席横で立つことにした。

   列車は、定刻通り久留米駅を発車した。しばらく鹿児島本線と併走すると、左手に折れて住宅街の間を走るようになった。その住宅街も少し行くと途切れ、田園風景が広がるようになった。どこまでも続くまっすぐな線路。今まで、久大本線は2、3回利用したことがあるが、全て大分から久留米に向けてだったし、それゆえにこのあたりを通過するのが、夜になってからということもあった。山の路線というイメージも強かっただけに、この展開は意外だった。

 この直線は、田主丸駅手前で終わった。田主丸駅では、特急待避のために、数分間停車するそうなので、途中下車してかの有名な駅舎を撮影した。 

 日田駅には16:14に到着し、1分の接続で大分行き普通列車に乗り換えとなった。キハ200系あたりを期待していたが、意外にも、大分行きはキハ147形2連。キハ47形のエンジン換装版とは言え、ボックスの並ぶ車内は国鉄とあまり変わらないはずだ。ここから大分までの約2時間15分もキハ147形の旅ができるというのは、古い車両が好きな者にとっては嬉しいことである。

 日田市内は、一昨日の大雪での積雪がまだところどころ残っていた。山の中に入って行けば行くほど雪が残っていて、天ヶ瀬駅のホームにいたっては、一日中日陰になっているらしく、大部分のところがうっすらと雪で覆われていた。佐賀は、その日の午前中で解けてしまったのに・・・。

 車内の大半を埋めていた高校生たちは、だんだんと降りて行き、豊後森駅を過ぎると、車内は閑散となった。

 日が沈んだ頃、列車は由布院に到着した。温泉帰りや地元の住民の方々が乗ってきた。由布院発車後に車窓の後ろを振り返ると、頭に雲をかぶった由布岳が居座っていた。明日は、この付近で撮影を行う予定である。途中の駅では、「トロQ列車」で活躍しているキハ65形+キハ147形2連の列車とすれ違った。トロQが走っていない時期は、このような活躍をしているということを初めて知った。急行「くまがわ」がなくなった今、九州で活躍しているキハ65形は、この1両だけになってしまった。車齢を考えると、この車両もいつまで残るか分からない。

 列車は、小野屋駅に到着した。駅は工事中で、古い木造駅舎は無くなっていた。佐世保線三間坂駅や日豊本線東別府駅のようにリニューアルされる木造駅舎もあれば、こうして取り壊される駅舎もある。何が木造駅舎の存廃を分けているのだろうか。

 その後、私はうとうとして寝てしまい、どこかの駅に到着した衝撃で起きた。横を見ると、815系が停まっていた。終点大分に着いたのだった。

 ホームでは、豊之國男様が待っていた。彼は昨晩に佐賀を発ち、夜行特急の「ドリームにちりん」に乗って大分入りし、475系の撮影や駅の訪問を行ったそうである。

 この日の夜は、大分市内で宿泊した。

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