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青春18きっぷで行く、長崎県内JR全線制覇達成の旅・前編

春休みを利用して、管理人が長崎県内で唯一乗ったことが無かった長崎本線旧線(喜々津〜浦上)を制覇する為に実行した旅行です。

 長崎本線は途中で二つに分かれている。一つ目は電化された新しい長崎本線、もう一つ目は非電化で普通列車しか走っていない古い方の長崎本線。管理人は“古い方の”長崎本線には一度も乗ったことが無かった。そこで青春18きっぷを使って、この長崎本線旧線の制覇旅行を計画し、2006年(平成18年)3月31日に実行した。

   2006年(平成18年)3月31日。その日は朝から気持ちいいくらいに晴れていた。自宅を8:55頃出発した。自宅からは自転車で駅へ向かった。バスだと往復で400円も取られてしまうが、自転車は駅前駐輪場の駐輪料金100円(2時間以降〜18時間以内。それより短ければ無料。)で済むから割安だ。しかも好きな時間に出発できる。

 駐輪場で自転車を止め、予め買っておいた青春18きっぷを改札口の駅員さんに見せて入場。2番乗り場に行って、電車を待った。私が乗る予定の電車は、佐賀9:19発の肥前山口行き。415系での運転である。

 415系は定刻に佐賀駅に入線。国鉄色を期待していたが、鋼鉄車だっただけでもよかった。

 1分間の停車の後、発車。記憶が定かではないが、座席のモケットが813系0〜200番台タイプだったような気がする。電車は佐賀市内の住宅街を下に見ながら加速していく。

 運転士がマスコンを操作するたびに、コクン、カクンという軽い衝撃が伝わってくる。さすがは415系である。個人的な意見だが、最近の815系や817系は加速、減速があまりにも滑らか過ぎて、逆に気持ちが悪い。「キィィイン」という加速音がさらにそれを増幅させてしまう。考えてみれば、415系の場合は空調を除くと結構静かに加速している。長崎本線最後の国鉄形電車としていつまでも走っていてもらいたいものだ。

 肥前山口駅では佐世保行きに乗り換え。ドアが開いた途端、乗客たちの猛突進が始まった。何せ415系4両から817系2両になるのだ。この差は大きい。私は階段に近かった先頭車に乗っていたので、乗り換え列車では難なく座席を確保できた。3分後、早岐行きの817系は肥前山口駅を発車した。

 大町、北方、高橋と停車し、そのたびに乗客が入れ替わった。武雄温泉に到着すると、さらに人が増えた。武雄温泉では特急待避を行った。上りホーム側のフェンスには、「まちが変わる くらしが変わる ??が変わる 西九州新幹線の早期実現を!」という看板が掛けてあった。相変わらず武雄市も馬鹿げたことを主張している。西九州新幹線ができたことで、武雄市は何か変わるのだろうか。博多からの新幹線短縮効果はたった5分である。当然博多や山陽新幹線からの大幅な乗客増は見込めない。長崎方面からの旅客がちょっと増えるだけである。そんな長崎県も新幹線推進派・反対派が拮抗している。これに佐賀県のデータを加えると、完全に反対派の方が優勢だ。この武雄市も昨年10月に佐賀新聞が行ったアンケートによれば、反対派が大きな差をつけて上回っている。

 にも関わらず推進に向けて進行しているのは、いかに両県の政治家達が地域の実情を何も知らない素人たちばかりであることがよく分かる。一番地域の実情を知っているのはその地に住んでいる地元住民ではないだろうか。その地元住民の大部分が「新幹線不要」を主張しているのだ。この問題は当然民意を尊重すべきである。

 この看板を見ていると物凄く腹が立ってきたので、他の所に目をやった。やがて783系「みどり」と離合した後発車した。

 途中の三間坂駅では近所のおばさんと思われる方が駅のホームで咲いている花に水を掛けていた。降り注ぐ日光と水に花も喜んでいるようだ。

「ホースば延ばしましょうか(ホースをのばしましょうか)?」
「ええ、ありがとうございます。」
 電車から降りてきた乗客の集札を行っていた三間坂駅の駅長さんがそのおばさんにホースを延ばしていた。実にほのぼのとした光景だった。さっきからちょっと離れた座席で鉄道の話をしていた近畿地方出身の鉄道ファンと思われるグループも、
「えらいほのぼのとしとるなぁ。さすがローカル線やなぁ」
とつぶやいていた。

 列車は有田に到着。列車すれ違いのために数分間停車するということなので一旦途中下車した。下車印を押してもらい、コンコース内に置いてあった箱には、有名な陶芸家が焼き物を作る際に使用したという磁器製の円形物体が入っており、持ち帰り自由だったので、それも記念にもらった。

 それでも時間が余ったので、松浦鉄道の車両も撮影。この形式は初めて撮影した。

 用事を終えたので自分の座席に戻ってみると、既におばあさんが座っていたので、運転席後ろで立つことにした。上りの817系が停車した後、私が乗っている下りの817系も発車した。

 有田〜三河内は距離が長いので、信号所が設置されている。だが、この列車は停車の必要がないのでそのまま通過した。

 三河内では783系特急と再び離合。停車中に駅名表示板などを撮影した。

 終点の早岐駅到着ホームは切り欠き式だった。ちょうど隣のホームにはキハ66系の「佐世保バーガー」ラッピング車が停まっていた。

 早岐駅でも途中下車して、下車印を押してもらった。ちょうどお昼時なので、古い木造駅舎内に設置されている売店でおにぎりやジュースを購入した。

 次は快速「シーサイドライナー」で長崎方面に向かわなくてはならない。「シーサイドライナー」は4番乗り場に到着するそうなので、早速移動した。

 既に多くの人々が列車を待っていたが、多くは親子連れや観光客と思しきおばさんたちの集団で、目的地は次の停車駅ハウステンボスだろう。なので私は安心して列に並んだ。やがてキハ66系快速「シーサイドライナー」が入線した。

 やはり座席には座れなかったが、次のハウステンボスでは多くの乗客が下車し、一つのボックスを“占領”することができた。

 ハウステンボスを発車した後、ようやく昼食を食べることができた。快速なのでいくつかの駅は通過した。どの駅も満開の桜の花が咲いていて、とても綺麗だった。やがて右手には大村湾が広がるようになった。雲ひとつない澄み渡るような空ときらきらと光る海がとても印象的だった。

 大村や諫早を過ぎ、再び架線の下を走るようになった。喜々津から旧線に乗っても良いが、ちょうど良い接続列車がないので先に長崎へ向かう。ただ、時刻表で調べてみると、長崎ではたった数分で折り返さなくてはならない。それならば一度も訪れたことが無い浦上駅で途中下車することにした。

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