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制服でGO!熊本大学オープンキャンパスの旅@

熊本大学のオープンキャンパスに行った時の旅行記です。当然ながら、高校の制服でした。


「どこでんよかけん、大学のオープンキャンパスに行ってきんしゃい。これは“強制”ですので。」
(共通語訳:「どこでも良いですから、大学のオープンキャンバスに行きなさい。これは“強制”ですので。」)

 7月のある日、担任の先生がホームルームでこう言い放った。“強制”という言葉に対し、当然ながらクラス中からブーイングが巻き上がった。やっと今年の春に高校生になったのに・・・もう大学だなんて・・・。しかし、学年便りには、「来年は佐賀で高校総体が開催される関係で、オープンキャンパスに行くことが出来ない可能性が高く―――。」と書かれており、そう考えると高校1年でのオープンキャンパスが強制参加だということには、「まぁ、仕方ないかな」と納得できた。

 参加したい大学は自由に選べるということなので、私は熊本大学を選択した。他の人たちが選んだ大学は、九州大学や佐賀大学など、県内や近県の大学が多かった。熊本大学は少数派だった。私が熊本大学を選択した理由は、やはりせっかく見るのならば、他の人とは違う学校を見たいし、オープンキャンパス後にはレポートを書かなくてはならず、来年の1年生の参考になれば、ということで、熊本大学を選んだのだった。実際、熊本大学に行くかどうかは分からないが、個人的に、緑が多く、城下町の名残が各所に残る熊本の街は好きである。そういったところも、選択理由のひとつだ。

 今年(2006年・平成18年)の開催日は、8月8日(火)。本当はナイスゴーイングカードを使って安く行きたいのだが、適用外の日なので使用できない。また、せっかく熊本まで行くので、一足延ばして肥薩おれんじ鉄道に乗ることにしているので、乗車券は八代までである。学校関係のことなので、熊本大学までの最低限の旅費は家のお金だが、飛び出して利用する分は自己負担である。

 佐賀駅には、6:45頃到着。当然、服装は学校の制服にリュックサックは学校指定のもの。学校の制服で電車に乗るのは、修学旅行時を除いて初めてである。到着時間が6:45なのは、乗車前に寝台特急「あかつき」を撮影する為である。駅のホームには、高校生が何人か列車を待っていて、私と同じ学校の生徒もいた。だが、鳥栖駅までは特急を使う人がほとんどらしい。

 6:52、寝台特急「あかつき」が、定刻に到着。乗車率は高いようで、人影が見られなくても、カーテンの使用された跡がいくつもあった。

 私の場合、旅の始まりは佐賀6:55発の各駅停車博多行き。415系1500番台+415系の8連で、後部編成(415系)の先頭車に乗った。車内は空いていたので、ロングシートながら座席には座れた。

 鳥栖駅では、2分の接続で787系「リレーつばめ1号」に乗り換え。

 実は、今回、奮発して熊本まではDXグリーン席を使うことにしている。鳥栖⇒熊本間はDXグリーン料金だけで1600円。私の1ヵ月分のお小遣いが簡単に消し飛んでしまったが、乗りたかったので惜しくはない。ただ、学校の制服でグリーン車に乗るのは「何者だ!?」と思われるかもしれなかったので、乗車をためらったこともあったが、この際なので、思い切って乗ることにした。DXグリーン席は、車両最前部、運転室の後ろに3席あり、進行方向右側の1列座席には、男性が既に座っていた。私の指定は、「リレーつばめ1号」の「1号車1番A席」。座席は大きくて、見るからに座り心地が良さそうだった。側面の壁や足元にはコンセントがあり、ビジネス利用者にも使いやすい座席になっていた。詳しい設備の詳細は、当サイト「旅行記&特集」の「特集・787系『DXグリーン席』」にて。

 客室乗務員さんが車内改札に回ってきた。その時に、きっぷ購入時に渡された「JR九州 特急グリーン車 ドリンクサービス引換券」を見せた。メニューから「かぼすジュース」を選び、早速ドリンクサービスを頼んだ。間もなく、ドリンクサービス一式が運ばれてきた。

かぼすジュースは、もっと酸っぱいのかと思っていたが、実際はとても飲みやすかった。しかし・・・後でこのジュースをこぼすという大ハプニングが発生する・・・・。

 それはさておき。DXグリーン席の座り心地は非常に良く、試しに座席を最大角度の141度まで倒してみた。ただ、あまり倒れすぎるのも考え物で、少し体がきつかった。それに、引き出し式のテーブルが邪魔で、席を立つ際はやや面倒くさい。

 久留米駅手前で2回信号停車を行った関係で、熊本駅には定刻より4分遅れて8:24頃到着。少しの間途中下車して、再び駅に入場。ちなみに熊本大学に行く高校生は、博多からも乗っていたらしく、改札口周辺は修学旅行生がたくさんいるような感じだった。私の目的地は黒髪キャンパスという、法学部や理工学部があるところで、案内によると、ここからバスが出ているそうだが、混雑することが予想された為、私は熊本大学に最も近い豊肥本線の東海学園前駅から歩くことにしている。なので、私は豊肥本線ホームに向かった。

 既にキハ147形+キハ147形が入線していた。

 車内の座席は、大半が既に埋まっていたが、2人掛けの半ボックス席は空いていたので、狭いがそこに座った。沿線にも熊本大学のキャンパスがあるらしく、何人かの高校生が乗っていた。列車は、鹿児島本線の接続を待って、8分ほど遅れて熊本駅を発車した。途中の南熊本駅では、遅れた関係で、さらに行き違いを行ったため、10分ほど停車。結局、東海学園前駅には20分近く遅れて到着した。

 東海学園前駅からは、徒歩で移動。この日も真夏日で、とても暑かった。

 20分ほど歩いて、熊本大学に到着。入り口周辺では、警備員を動員しての交通整理が行われていて、多くの高校生達が右往左往していた。

 「赤門」と呼ばれる煉瓦の門を入り、大学構内へ。私は、法学部を希望していたので、法学部の建物があるところへ向かう。有名な「旧制五高記念館」のそばを通って、ようやく法学部の建物の前に到着。ただ、実はこの時、私は重大な問題を抱えていた。通常、オープンキャンパスは、高校生全学年を対象としているところが多いが、熊本大学法学部はスペースの関係から、「(高校)1年生の参加はご遠慮下さい。」となっていた。なので、実際はダメもとでここまで来たのである。

 せっかくなので、建物の中に入ってみることにした。内部の構造地図を見たが、とても複雑で迷路のようなところもあった。廊下をうろうろしていると、

「法学部の方に行かれる方ですか?」

と声をかけられた。どうやら大学関係者の方らしい。

私:「はい。でも、(高校)1年生の参加はご遠慮下さい、と書かれていたので、参加できるかどうか分からないままここまで来たのですが・・・。」

大学関係者:「まぁ、しれーっと(成りすまして)座っとけば分からんやろ。」

 大学というものは、結構融通が利くらしい。ということで、私は上級生に混ざって、複雑な経路や上に行ってまた下に行くというわけの分からない階段を行き、ようやく会場に着いた。座席は大部分が埋まっていたが、後ろの方はまだ空席があった。その中の一つに座ったが、後から後からどんどん人が入ってきて、私も奥へ奥へと詰めた。最終的には臨時で設置されたパイプ椅子に座った人もいたようだ。パンフレットや模擬授業で使用する小テストが配られていたが、人数が多すぎたため、私はパンフレットしかもらえなかった。

 10時に学部説明が開始された。その後、模擬授業が行われた。模擬授業は30分間だったが、実際は90分行うという。始まる前に、教授が、

「30分になったら、話の途中でも(模擬授業を)終わります。」

と時計をセットし、約束してから模擬授業が開始された。模擬授業はその小テストを中心に進められたが、私は持っていなかったので話を聞くだけだった。だが、その話は非常に面白く、「北朝鮮の国民総生産(GNP)は、福井県とほぼ同じである。」とか、「世界が百人の村だったら、大学に行くことが出来るのは、ほんの一握りである。」という、社会問題や国際問題といった“極めてマジメな”講義が行われた。お約束の30分が経過した。その瞬間、  

“ギャオーン、ギャオーン”

というゴジラの鳴き声が部屋いっぱいに響き渡った。どうやら教授の受け狙いらしく、

「うるさい、この!うるさい、この!」

という教授の自演じみた“演技”も披露された。言うまでも無く、会場内の多くの人たちは苦笑い浮かべていた。まさか大学教授がこんなことをやるとはねぇ・・・と思っていたが、面白かったので、それはそれで良いのでは、と思う。ちなみに講義は2分延長された。

 その後は、大学生2名が、学生生活について自らの体験を語った。佐賀県出身と言う大学生の一人もまた、話の途中にタモリの物まねを入れていた。時間が無かったので、質疑応答は少しで終わり、12時頃、法学部の学部説明は終了した。

 法学部の建物を出て、旧制五高記念館へ。旧制五高記念館は熊本大学の前身で、夏目漱石が英語教師をしていたことで知られている。記念館の建物は、九州初の鉄道が開通した1889年(明治22年)に建てられたレンガ造りの建物で、正門(赤門)とともに国の重要文化財に指定されている。館内では、貴重な資料が展示されている他、学部説明で紹介された、夏目漱石の骨格をもとに復元したという声も聞くことができる。建物を撮影した後、館内へ。

 受付で名前を記入した後、展示室がある2階へ。

 2階では、部屋ごとに建物の設計図や模型、昭和初期頃の大学の様子や熊本の街の様子、歴代の学長の写真が展示してあった。その中に、夏目漱石関連の資料を展示したコーナーがあった。スピーカーがあり、他の人が早速スイッチを入れた。

 夏目漱石の声は野太く、渋い声だった。実際に夏目漱石が読んだという文章が読み上げられたが、語句は非常に難解だった。そして、最後は、「明治〜年○月○日 ・・・夏目金之助」で締めくくられた。夏目漱石の本名である「夏目金之助」を知らない人の中には、

「金之助だってぇー。変なのー。」

という感想を漏らす人がいた。率直な感想なのかもしれないが、いくら故人とはいえ、「変なのー。」は無いだろう。あまりにも失礼である。落語家や小説家のペンネームの中には、滑稽な名前もありはするのだが。

 他の部屋には、明治20〜30年代のテストが展示されていたが、何と問題文が全て英語。しかも筆記体である。問題の難易度は別として、当時の学校がいかにハイレベルだったかがよく分かる。

 1階の出口近くには、当時の教室を復元した部屋もあった。電灯は無かったそうで、雨の日は大変だっただろうと思う。

 記念館見学後、私は大学内ショップに行った。ここでは、文房具や食料品、本が販売されており、一つのコンビニ、いや、複合商業施設のような感じだった。値段を見てみると、何と通常は150円のファンタが110円になっていたのだ。他のパンや文房具も同じで、安さに惹かれて私はファンタ以外にもハンバーガーや熊本大学のロゴ入り蛍光ペンを購入した。ちなみに、鉄道関係の本も何冊か置いてあった。

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