SLやまぐち号で行く、夏の山口・ローカル線旅行@

SLやまぐち号の乗車と山口県内JR全線制覇を目的に実行した旅行の旅行記です。

  2006年(平成18年)7月22日、私は山口県にあるJR小野田線を制覇した。

 しかし、山口県内のJR全線制覇までは至らなかった。山陰本線長門市〜益田間にまだ乗っていなかったのだ。だが、列車本数が非常に少なく、今までなかなか乗車できなかった。山口県内のJRについて、もう一つ成し遂げていなかったことがある。それは、「SLやまぐち」号の全区間乗車だ。今から4年前の夏に乗ったことはあるものの、資金不足で小郡(現新山口)〜山口しか乗ることが出来なかったのだ。そこで、今回、私は山陰本線長門市〜益田間の制覇や、SLやまぐち号の全区間乗車を日帰りで一気に完了させる、超強行スケジュールを作成した。タイトルは、「SLやまぐち号で行く、夏の山口・ローカル線旅行」―――――

 2006年(平成18年)7月29日、私は午前4時50分に起床した。通常ならば、午前7時まで寝ているのだが、今朝は違う。今日は、先述した2つの目的を達成する記念すべき日(?)なのだ。午前5時17分に自宅を出発。上りの始発電車に乗らなくてはならないからだ。旅行のために、これほど早く自宅を出発したのは初めてである。

 早朝の佐賀市内は、とても静かだった。大きな交差点を除くと、たいていの信号機は未だに点滅状態で、自動車はほとんど走っていない。市役所前で“信号停車”するまでは、ほぼノンストップで来ることが出来た。

 佐賀駅には午前5時30分に到着。駅前の駐輪場に自転車を置き、開いたばかりの「みどりの窓口」で予約していた「SLやまぐち」号の指定券を受け取り、先週の旅行でも使った青春18きっぷに今日の日付を入れてもらって、4番乗り場へ。既に何人かの人が電車を待っていた。隣の3番乗り場は885系の回送列車が停車していた。  今回佐賀駅から乗車する電車は、佐賀5:38発門司港行き。上りの始発電車である。

 数分後、415系が入線。車内はガラ空きだった。降りる人は誰もいなかったので、ドアが開いた後、すぐに乗車。

 5:38、電車は日の出前の佐賀駅を発車した。

 佐賀駅を発車して5分後、朝日が車内に差し込んできた。空にはいくらか雲が残っているものの、今日はよく晴れそうだ。

 鹿児島本線に入ると、次第に乗客が増えてきた。だが、ほとんどの乗客が博多駅で下車したので、博多発車後は再びガラガラに。平日ならば通勤通学時間帯なのに。

 電車は、朝の鹿児島本線を北九州に向けて進んでゆく。

 7:39、電車は赤間駅に到着。ここでは小倉行きの快速に乗り換えとなる。

 まもなく、813系6連が入線。こちらの車内は混んでいて、立ち席となった。快速は、7:44に赤間駅を発車。北九州市内に入ると、さらに混んできたが、逆に降りる人も増えてきた。私は、電車が駅に到着する直前に、何とか座席に座ることが出来た。

 若戸大橋が見えてきた。青空の下、朝日に照らされた赤い橋は、今日も暑い日になることを予感させた。

 電車は、8:16に小倉に着いた。小倉では、日豊本線から入ってきた、813系+811系の各駅停車に乗り換え。

 811系車内は、7両も連結する必要があるのか?と思えるくらい空いていたが、逆にゆったりできるので、それはそれで良かったのだが。

 次の門司では、415系1500番台に乗り換え。

 ちょうど交直転換のために車内の電気が消されていたところだった。

 電車は8:31に門司駅を発車。程なくして、関門トンネルへ“突入”。こちらもかなり空いていて、最後尾に行くほど乗客は少なくなり、最後尾車両の場合は何と無人だった。

 本州側に出ると、左側に車両基地が見えた。寝台特急「なは・あかつき」のヘッドマークを取り付けたEF66形やジョイフルトレインの「TABIJI」、福知山色の117系が停車していた。

 下関に入線。少し離れたホームでは、ちょうど寝台特急「はやぶさ・富士」の機関車交換が終わったところで、多くの乗客が撮影していた。

 電車のドアが開いた途端、すぐ近くの回送線を117系が通り過ぎていった。

 下関駅で途中下車。朝食を食べる時間が無かったので、駅周辺でコンビニを探す。放火で焼失した駅舎跡の仮通路やJRの高架下を通って探したものの、見つからない。駅舎に戻ると、何と駅舎の中にコンビニがあった。コンビニの規模は大きく、多くの人が買い物をしていた。ここで食料と飲料を買って、再びホームへ。次の新山口行きは9番乗り場だ。

 9番乗り場には、先ほど回送されていた117系100番台が入線していた。実を言うと、私は117系に乗ったことが無かったし、見たとしてもJR東海車だけだったので、JR西日本所属車は、見るのも乗るのも初めてである。それだけに嬉しかった。

 車内は空いていて、座席を取るのは簡単だった。座席の座り心地は非常によかった。ここからしばらくは、快適な旅を楽しめそうだ。

 電車は9:00丁度に下関駅を発車。

 外はまさに夏の景色。電車が駅に停車するたびに、夏を精一杯生きているセミの鳴き声が聞こえてきた。

 電車は、9:33に厚狭駅に到着した。厚狭駅で途中下車し、“録り鉄”を行うためにテープを買いに行く。今はデジタル方式のレコーダーが主流になりつつあり、私も買いたいと思うのだが、電器店に行く機会が無いので、まだ買っていない。

 買いに行く前に、厚狭駅の駅舎を撮影。

 駅前に、個人が経営しているものと思われる小さなコンビニがあった。テープはすぐに見つかった。最後の1本だった。

 時間があるので、駅の近くを散策。とはいえ、これといって特別なものはなく、少し歩いて駅に戻った。

 駅舎には売店、窓口、自動券売機、公衆電話があった。その公衆電話の一つに、このようなものが・・・。

 先週の旅行では、福岡県の西戸崎駅でダイヤル式のピンク電話を見たが、これはさらに古そうである。しかも、設置場所は「厚狭町」となっていた。ちなみに、隣にはグリーンのごく普通の公衆電話だった。この赤いダイヤル式公衆電話は、一体何年前からあるのだろう。

 続いては、美祢線のキハ120形長門市行きに乗車。発車までまだ時間があるものの、既に多くの人が乗っていた。

 列車は、10:06に新大阪行きの0系「こだま」と同時に発車。数少なくなった0系を見ながら、いつか新大阪まで0系に乗って行ってみたいものだ、と思った。

 美祢線は、今でも宇部の工場に石灰を運ぶ貨物列車が走っていて、実際に途中の駅では石灰を載せた貨物列車とすれ違った。

 車内はほぼ満席で、ちらほら立ち席も見られた。美祢駅では多くの乗客が下車して幾分人数が減ったものの、それでも満席に近い状態は続いた。また、美祢駅では、魚を売った帰りと思われる行商のおばあさん数人が乗ってきた。おばあさんたちは、大きな大きな発泡スチロールの箱をどん、と列車の床に置くと、どっこいしょ、とばかりに座席に腰を下ろしていた。それにしても、こんなに暑いのに朝から行商に出かけるとは、本当に元気な方々だと思う。

 列車はなおも山の中を進んでゆく。

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