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特集・さよなら西鉄宮地岳線

2007年(平成19年)4月1日をもって、鉄道路線図からその名が消えた西鉄宮地岳線。残存した区間は、西鉄貝塚線に引き継がれました。

西鉄新宮―津屋崎間の廃止を伝える看板。奥は津屋崎駅。2007年3月31日・福岡県福津市駅で撮影。

宮地岳線廃止の経緯

 宮地岳線は、貝塚駅(福岡県福岡市)と津屋崎駅(同県福津市)を結ぶ西日本鉄道の路線だった。貝塚駅では、福岡市地下鉄に接続しているため、繁華街の天神に行くには便利であり、路線の西半分では利用客がかなり多かった。しかし、東半分は中心市街地からややそれたところを走っており、終点・津屋崎駅の位置も中途半端であることや、ほぼ全線で鹿児島本線に並行しており、新駅開業や快速増発などが原因で、利用客を奪われていた。また、全線単線であることやホームが長編成列車に対応していない、旧型車が多く、各駅停車のみという宮地岳線特有の事情も見逃せない。自動車を持つ人が増えたことも要因だろう。

 そのため、利用客の少ない三苫(みとま)―津屋崎間について、西鉄側が福岡県や沿線自治体に経営改善の協力を要請し、何度か検討されていたが、利用客数アップには繋がらなかったため、2006年(平成18年)3月に西鉄新宮―津屋崎間の部分廃止が決定した。もちろん、沿線では住民らによる署名や横断幕の掲示などの鉄道存続運動が展開され、沿線自治体などが出資する第三セクター方式の鉄道も検討されたが、西鉄側が相互乗り入れを渋ったことや、会社を設立し維持していくにはかなりの費用がかかるため、この案は断念された。

 ただ、当初は三苫―津屋崎間の部分廃止が検討されていたようだが、西鉄新宮駅までの区間が残存したのは、近くに県立高校があり、通学生の利用を考慮したものと思われる。なお、廃線区間ではバス転換となり、電車運行時に比べて運賃が値上げされたものの、同区間を利用していた通学生については、卒業するまで電車運賃のままの定期代で利用できるという特例も設けられている。

 廃止区間には、路線名の由来となった宮地岳駅があったため、部分廃止と同時に「貝塚線」と改称した。なお、西鉄側は今回の件について、「西鉄新宮―津屋崎間の部分廃止」としているが、同時に長年親しまれた「宮地岳線」という名前も路線図から消えたため、このページのタイトルを「さよなら西鉄宮地岳線」としていることにご理解願いたいと思う(下図は宮地岳線廃止直前の路線図)。

※宮地岳線の歴史については、<こちら>を参照。

部分廃止に合わせて行われたイベントについて

 部分廃止に合わせて行われたイベントは次の通り。

・記念電車の運行
・最終日に廃止区間で無料運行を実施。
・記念乗車券の発売(6駅セットで900円。ただし、有人駅では、1枚150円でその駅のみのバラ売りも実施されていた)。
・臨時電車の運行(計3本。最終便については整理券保有者のみの乗車で、終点貝塚まで全て通過だった模様)。
・最終臨時電車出発式(日付が変わって4月1日午前0時過ぎに津屋崎駅で行われた模様)。

 このほか、廃止に合わせたわけではないと思われるが、駅名表示板を模したキーホルダーの販売も好評だったようである。

最終運行日の宮地岳線

 私は、廃止直前の2007年(平成19年)3月24日と運行最終日の3月31日に宮地岳線に乗車した。廃止直前であるため、利用者が多いだろうと予想していたが、3月24日の夕方に乗ったときは、終点まで乗っていたのは、わずか15名ほどであった。最終運行日の午前8時30分時点でさえ車内には空席があるという状況だった。やはり、“部分廃止”というイメージが強かったからなのだろうか。

 最終運行日とは言え、西鉄福間駅などでは自動販売機の撤去が朝から行われ、駅前のバス停には既に黒いビニールシートがかぶせられており、明日の今頃には津屋崎駅も西鉄古賀駅も、もう存在していないことを思うと、大変寂しい気持ちになった。

 しかし、こうした廃止関連のイベントではたいてい発生する鉄道ファン同士の乱闘も私が見た限りではなく、終点の津屋崎駅でもどの人も譲り合って撮影していた。鉄道ファンだけでなく、別れを惜しむ一般の利用者も多く見受けられた。西鉄津屋崎駅に勤務していた女性の駅員さんもこの日は休みだったのか、“乗客”として利用していた。やはり、宮地岳線は多くの人々に親しまれたことには間違いないようだ。

その後・・・

 2007年(平成19年)4月1日の始発電車から、残存した貝塚―西鉄新宮間は「貝塚線」として再出発した。廃止区間には、代替交通機関としてバス路線が新設された。貝塚線の車両は、宮地岳線時代からのままだが、運行区間が短縮されたため、車両が余ることになり、老朽化が進んだ300系や313系の編成に廃車が発生する見込みだ。なお、600系は全編成が残存するという。

記憶の中の宮地岳線

 宮地岳線が廃止されて半月が経った(当ページ作成時)。新聞でもニュースでも、私の知る限り、あれから宮地岳線のことについてあまり報道していない。当サイトでもそうだが、一部の鉄道関連のサイトで特集が組まれているくらいだ。廃止からわずか半月だが、宮地岳線はもう遠い過去の存在になってしまったような感じがする。しかし、沿線住民や宮地岳線の廃止を聞いて遠くから駆けつけてきた人々には、少なくとも「宮地岳線」がしっかりと記憶されたはずだ。だから、かつて「宮地岳線」という路線がかつて存在したことを、これからも忘れてはいけないと思う。

 宮地岳線は、これからも人々の心の中で走り続けるだろう。

 

さよなら西鉄宮地岳線写真館

〜廃止当日の様子〜

午前8時前の西鉄古賀駅。2007年3月31日・西鉄古賀駅で撮影。

前方風景を記憶に・・・。2007年3月31日・600系車内で撮影。

終着・津屋崎駅。2007年3月31日・津屋崎駅で撮影。

記念乗車券(津屋崎駅のバラ売りタイプ)。背後は津屋崎駅。2007年3月31日・福岡県福津市で撮影。

閑散とした津屋崎駅ホーム。2007年3月31日・福岡県福津市で撮影。

津屋崎駅に入線する313系。2007年3月31日・福岡県福津市で撮影。

午前8時30分近くになっても空席が目立つ車内。2007年3月31日・313系車内で撮影。

西鉄福間駅にて。2007年3月31日・西鉄福間駅で撮影。

撤去される自動販売機。西鉄福間駅前にて。2007年3月31日・福岡県福津市で撮影。

〜思い出の駅〜

島式1面2線のホームを持つ西鉄古賀駅。2007年3月24日・福岡県古賀市で撮影。

花見駅の駅名表示板とホーム。2007年3月31日・津屋崎行き電車車内から撮影。

西鉄福間駅。JR駅までは徒歩15分ほど。2007年3月31日・福岡県福津市で撮影。

線名の由来となった宮地岳駅。2007年3月24日・福岡県福津市で撮影。

宮地岳線の終点、津屋崎駅。2007年3月24日・福岡県福津市で撮影。

☆このほか、「古賀ゴルフ場前駅」が存在した。なお、車両については、そのまま貝塚線の電車として今日も活躍している。

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