寝台特急「はやぶさ」&夜行快速列車で行く中学校卒業旅行
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寝台特急「はやぶさ」&夜行快速列車で行く中学校卒業旅行

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管理人が中学校卒業旅行として東京や山陰に行った時の旅行記です。

4月4日(火)・西へ―編

 電車は日付が変わった0:19に終点の茅ヶ崎に到着。車内放送では、既に東海道本線上り列車の本日の運転が終了したことを伝えていた。

 私を含めたほとんどの乗客は、先ほどの“ぐっすり安眠大恥男”を残して全員降りた。電車は最終なので、もちろん回送となる。その男は、車掌に起こされていた。とはいえ、私も2年前に「ムーンライトながら」が終点大垣に着いたのに起きず、作業員のおじさんに起こされた経験があるので、あまり悪くは言えない。でも、大の大人が通勤電車のロングシートで横になってぐっすり眠るという行為は、やはりだらしがないとしか言いようが無い。

 東海道本線下りのホームに行く前に、相模線205系を撮影。さっき乗った横浜線やかつての山手線205系とは、顔が全然違う。ちなみに、私の第一印象は「地下鉄ような電車」である。

 東海道本線の上りホームは、車内放送の通り既に消灯され、連絡通路からのシャッターも下ろされていた。「茅ヶ崎」と聞くと、サザンオールスターズを思う浮かべてしまうのだが、それを思い起こさせるようなポスターや看板は一切見当たらなかった。

 東海道本線下りホームに行くと、すぐに185系「湘南ライナー」が入線した。車内はお勤めのサラリーマンで埋められ、どの顔も疲れた表情であり、大半の乗客が眠っていた。

 茅ヶ崎から国府津行きのE231系に乗り換え。車内はがら空きで、ボックス席も一人占め。

 しかし、あまりの硬さに優越感は半分に。試しにヘッドレスト部分を指で押しみると、5mmも沈まなかった。窓の外を眺める。面白かったのは、このE231系の窓が開閉可能だったことだ。上の取っ手を下に降ろすと窓が開くようになっていた。ちょっと開けてみると、冷たい風が車内に入ってきた。少し離れた線路を貨物列車が並走している。こっちも向こうも同じ速さだから、互いに止まっているように見える。しかし、こちらは電車、向こうは機関車牽引だ。がんばっている様子だったのは機関車で、応援したくなった。機関車が街明かりに浮かび上がった。これからどこに行くのだろうか。

 0:50前に国府津駅に到着した。ようやく街も眠りに就いたようで、静まり返っていた。

 私の今夜の宿は「ムーンライトながら号」だが、「ながら号」の指定は小田原から取っているので、次の電車で小田原駅に向かう。この電車もやはりE231系だった。次の鴨宮駅を発車すると、その次は小田原駅だ。小田原駅には1:01に到着。その4分後に、下りの「ムーンライトながら号」が入線した。

 小田原から先は4〜9号車が自由席となるので、乗る人は結構多かった。私は幸いにも旅行出発3、4日前に奇跡的に3号車の禁煙席窓側を確保できたので、3号車に乗車する。

 ところがである。私が指定していた座席には、別の男性が座っていたのだ。通路側の席は空いていたので、最初は窓側に座られていただけなのかと思っていたが、きっぷの指定座席を照合してみると、見事に一致。「これは重複でしょうか・・・」と2人で話していると、よく見れば男性の指定席券には「東京⇒小田原」、私の指定席券は「小田原⇒名古屋」となっていた。つまり、その男性は3号車も小田原から先が自由席になると勘違いされていたらしく、この時点で私のきっぷが正当であることが分かった。ところが、この先の男性の一言が、さらに事件を複雑にさせた。

「いや〜、私もですね、高崎駅の駅員に『3号車も小田原から先が自由席になるんですよね?』って聞いたら、『そうですよ。』と言われたんで、そのままきっぷを買ったんですよ。いや〜、うっかりしてたな。」

「それならJRが悪いんじゃないですか!」

と私は言い、近くに車掌がいないかどうかキョロキョロと見回したが、見当たらなかった。実はこの時、未だに電車は小田原駅に停車中だったのだ。

 なぜこのような事態になったのかというと、前ページで述べた南武線の人身事故影響で、同線に乗っていた「ながら」乗車予定者が、先ほど私が乗ってきた小田原行きの電車や「ながら」に接続できず、そのため東海道本線最終電車の小田原到着及び乗客の接続を待ってから「ながら号」は発車するとのことで、車掌が車内改札に来ないのも、接続の対応に追われているからだろう。

 午前1:30過ぎ、ようやく「ながら」に接続できなかった乗客を乗せた東海道本線の最終電車が小田原駅に滑り込んだ。その電車のドアが開くと、大きな荷物を持った乗客たちがぞろぞろと降りてきて「ながら」に乗り込み、その5分後にようやく電車は小田原駅を発車した。既に定刻より30分以上オーバーしていた。

 だが、こちらにはまだ未解決の問題が残っている。仕方が無いので、その男性と手分けして車掌を探した。1両目へ4両目へと移動するが、どこも立ち席の乗客や荷物で行くことが出来ず、仕方が無いのでもとの座席に戻った。

 午前2時前、電車は熱海駅に到着した。「もしかすると、僕が席を移動しなければいけないかもしれない・・・。」と言って、男性は一応移動の準備を始めた。幸い、問題の座席に座ろうとした人はいなかったが、高校生らしき少年が私達の座席の周りをうろうろしていたので、もしかして・・・と思っていたが、どうやら違うようだった。男性は「寝ててもいいよ。」と優しく声を掛けてくれたが、今はそれどころではなかったので、その男性とは車掌が来た時の対策を考えていた。

 熱海発車後、ようやく車掌が回って来た。2人で事情を説明すると車掌は、

「大変申し訳ございませんが、こちらのお客様(私)がお持ちのきっぷが正当なものでありまして、そちらのお客様は席を移動していただきます。」

とあっさり答えられた。その対応にちょっと腹を立てた私と男性は、高崎駅駅員の対応を話したり、予備席の有無を尋ねたりしたが、どちらも聞き入れてもらえず、結局反対側の座席が2列とも空いていたので男性はそこに移動し、車掌からは、

「もしこの席の指定席券をお持ちのお客様が来られましたら、席をお譲りください。大変申し訳ございません。」

という注意事項が言い渡されて、この事件は一応の決着を見た。だが、高崎駅の駅員の対応を含め、何か腑に落ちない部分が残されたまま事件が終わってしまったように感じる。何だか刑事ドラマでよくあるようなすっきりしないラストシーンのような感じだった。そのような気持ちのまま、沼津発車後に眠ってしまった。

 翌朝、起きた時は既に愛知県内に入り、間もなく豊橋という所だった。いつのまにか私の隣の座席には初老の男性が寝ていた。その後、私は再び寝てしまい、どこかの駅に着いた時の衝撃で目覚めた。腕時計を見ると6:05。車内のLED表示を見ると「名古屋」。大変!急いで降りなければ!と予めまとめてあった荷物を持ち、簡単な忘れ物の確認をして車外に出た。幸い名古屋では電車の切り離し作業が行われるので、10分以上停車。良かった長時間停車で、と胸を撫で下ろした。電車の遅れは浜松での長時間停車の短縮で解消されたらしく、ほぼ定刻どおりに到着していた。時間があるので、方向幕を撮影。

 次は関西本線亀山行き電車に乗る予定だが、名古屋駅に降り立ったのは今回が初めてで、せめて1分でも・・・ということで途中下車。特に何することも無く、再入場し、関西本線のホームへ。211系かと思っていた電車が亀山行きだったが、2ドアだったので213系ということが分かった。車内は空いていたので難なくロングシートの座席を確保できたが、発車時間が近づくと通勤通学客を中心にどんどん乗ってきて、終いには立ち席が出るほどに。6:23に名古屋を発車。そのまま東海道本線を西に向かうのは面白くないので、これから私は関西本線に乗って亀山、柘植と行き、草津線経由で京都に行くことにしている。

 昨日の疲れや深夜の騒動で寝不足となり、7:34に亀山に到着するまでずっと寝ていた。記憶によれば、到着後5分間ぐらい寝ていたような気がする。寝ぼけ感じのまま亀山駅のホームへ。

 亀山駅で途中下車し、売店で飲み物を買う。さっき乗ってきた213系が再び名古屋に向けて発車していった。再び駅に入場する。ここからは非電化区間となり、青いキハ120形の2両編成に乗り込む。

 相変わらず硬い座席だ。これに10時間も乗っていたら、1週間ぐらい足腰が立たなくなるのではないか、と思わせるぐらいの硬さだ。なお、この亀山駅はJR東海の駅だが、ここから先の関西本線は、JR西日本の管轄となる。だからキハ120形が走っているのだ。

 乗客の数は多く、小型の車両は2両の座席ともあっという間に満席となり、立ち席も見受けられた。8:03、亀山駅を発車。線路は単線で、周囲は山々が取り囲んでいる。8:28に柘植駅に到着。

 柘植での接続時間は8分だが、せっかくなので途中下車してみる。その時、あることに気がついた。券面の日付が昨日のままなのである。通常は夜行列車の車掌が翌日の分の判子を押してくれるのだが、昨夜はあの事件で車内改札をしてもらうのを忘れてしまっていたのだ。だが、判子を押し忘れた私も悪いが、名古屋駅と亀山駅の駅員はなぜ気がつかなかったのだろう。実は両駅とも途中下車印まで押してもらっているのだ。案外、青春18きっぷの日付印確認などはいい加減に行われているのかもしれない。柘植駅でようやく大きな日付印を入れてもらえた。

 次は草津線の113系に乗り換え。JR西日本による更新改造車で、車内の座席はクロスシートだった。

 車内はあっという間に満席となり、私が座っていたボックスにも、元気なおばちゃんグループが座った。それが元気なこと。関西弁での世間話は全然尽きることが無く、最終的には夫の悪口にまで発展。これが熟年離婚の一原因なのか・・・と眠たい頭の中で考えていた。一時的に眠ってしまい、それを見ていたおばちゃん達が笑っていたような気もする。

 9:20、草津駅に到着。

 

   4分の接続で223系の新快速電車が到着したが、こちらはぎゅうぎゅう詰めの超満員で、1本電車を遅らせた。計画には余裕を持たせているので、大丈夫である。向かい側のホームには新型の321系の回送電車が停車していた。

   新快速が発車して数分後、221系の快速が到着。こちらも座席は満席だが、立ち席は少なかったので、この電車に乗ることにした。

 京都に到着すると、早速電車の撮影に取り掛かる。

 その後、一旦途中下車。京都駅前の様子を撮影。

 連絡通路からホームを眺める。京都駅は日本一長いホームがあることで有名だ。

 その後、弁当を買ったり、201系を撮影したり、

 いろいろなことをしながら山陰本線ホームに行くと、既に乗車予定の電車は発車していた。無論、1時間程度の余裕を持たせていたので、次の電車で行くことにした。その間、別の山陰本線のホームに停まっていた183系を撮影した。こちらは485系からの直流化改造で誕生した183系である。

 やがて亀岡行きの折り返し電車が入線。113系のワンマン電車で、最初からホームで待っていた人だけで、車内は満席になった。やがて電車は京都駅を発車。発車してしばらく行くと、梅小路蒸気機関車館や蒸気機関車の煙が見えた。

 高架で京都市内を通過する。途中、映画の撮影所らしき建物の横を通り抜けた。市街地を抜けると、山の中を走るようになり、保津峡という渓谷を渡ったり、トンネルを抜けたりした。

 30分ほど揺られて終点の亀岡駅に到着。

亀岡駅は駅舎を改築しているらしく、営業は仮駅舎で行われていた。時間があるので、亀岡駅で途中下車。ちょっとした食料や飲み物を調達して、再びホームへ。

 今度は園部行きの113系各駅停車に乗車。車体色がやや褪せているところを見ると、車体更新が間近なのかも知れない。

 車内は空いていて、ボックス席を独り占めできた。25分ほど揺られて園部駅に到着。

 園部駅で途中下車をした。駅舎は新しく、広い連絡通路があったような記憶がある。今日の夜、私は快速「マリンライナー」に乗って四国に渡ろうと計画しているが、その際の「マリンライナー」の区間変更を申し出ようと窓口で尋ねたが、どうやらここではできないらしい。でも、駅員の対応は非常に丁寧で、別に何の収穫も無かったが、何故か「聞いてみて良かった〜」という気持ちになった。

 再びホームに行って、福知山行きの電車を待つ。その間、北近畿タンゴ鉄道所属の特急列車が停車及び発車していった。

 続いて、福知山行きの2両ワンマン電車が入線。113系5300番台を名乗る電車だが、中間車からの改造を受けているらしく、2両ともパンタグラフが設置してあった。顔も他の113系と比べてみると、何となく角ばっているようにも見える。園部駅から乗る人は少なく、多くの座席に空席を残したまま、12:01に発車。

 車内には、「コウノトリを探しに行こう」という広告が掲示してあった。この先にある兵庫県豊岡市はコウノトリで有名な街である。このような広告にもローカル色が出ていると、旅をしているんだな、という気持ちになる。

途中、北海道の「昆布駅」と並んで“珍駅名”として有名な「胡麻駅」に停車。かと言って、それほど駅舎が特別な造りというわけではなかった。1時間ほど揺られて福知山駅には13:03に到着。

 2分の接続で、再び113系に乗車。こちらも豊岡行きのワンマン電車である。13:05に福知山駅を発車。そういえば、この車体色、どこかで見たな〜と思いつつ、列車行き違いにより数分間の停車となった上川口駅で撮影目的で列車を降りてみると、豊岡寄りの先頭車は・・・問題なし。でも車体色が何だか変に感じる。

 そして、反対側の福知山寄りは・・・やはり。かの有名な無理矢理先頭化改造として有名な113系3800番台だった。

 問題は福知山寄りのこの先頭車。旧型国電に似せたと言うか、103系に似せたと言うか、何とも“ビミョウ”な顔つきである。特に、前面の黄色い補強板が電車をより変な感じにしていると思う。言っては何だが、JR西日本による改造で誕生した車両は、ちょっとひど過ぎるものが多いと思う。もはや間に合わせでしかないと言うか、改造費を最低限にまで削って「乗れればいいじゃん。」程度の改造をしたとしか思えないのだ。また、車体色についても批判が集中している。もう少しお客様が「乗りたい!」と思えるような車両を開発すべきだと思う。

 途中の和田山駅では、播但線で活躍している、これも“無理矢理改造”の一つであるキハ41形を目撃。やはり、いかにも「改造しましたよ〜」という感じは否めない。

 14:17に豊岡駅に到着。ここからは気動車による旅となる。車両はキハ47形で、浜坂行きだった。14:27に豊岡駅を発車。最初は座席を確保できなかった。次の玄武洞駅では特急行き違いのために数分間停車。まず、先頭車を撮影。

 その後、4分ほど遅れて通過した特急も撮影した。

 城崎温泉駅では、多くの乗客が下車したことにより空席が発生。

 だが、城崎温泉駅では12分も停車するので、降りないわけにはいかない。飲み物を調達する目的で、ちょっとだけ途中下車。後部車両を撮影して、

すぐに車内に戻ったが、それでもボックス席を確保できた。14:54、列車は城崎温泉駅を発車した。

 列車は山陰本線を西へ向かう。トンネルも多くなってきた。途中の駅からは、私が座っていたボックスにも親子連れが座った。本日のメインである、餘部鉄橋が近づいてくる。鎧駅を発車した後、次の餘部駅で降りようとボックス席を抜け出し、ドアの近くへ。他の乗客も「そろそろ降りるよ。」と他のメンバーに促していた。餘部駅で降りる人は結構多いようで、どうやら目的は私と同じらしい。  トンネルに入った。気動車のエンジン音が、トンネルの中で轟音となって響いている。トンネルが少しずつ明るくなってきた。そして次の瞬間、列車は空中に飛び出した―――――――。

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